2014年4月16日〜30日
4月16日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「護民官府はCFの意味を忘れたのか。いったい誰が指揮をとっている。フォン・アンワースか?」

 CFのマネージャー、ハナ氏はカンカンだった。

 CFは犬の聖域だ。犬が発狂したり、逃亡しないよう作られた安全弁だ。

 ここで犬は友だちと交流し、安心して主人の愚痴をこぼすことができる。CF側はその秩序を守るために、外部職員をシャットアウトしてきた。

 護民官府もそのルールに従ってきたのだ。それをこの親父――。

「お犬様どもに配慮して、風船を配ってやったぜ。何が不満なんだ?」


4月17日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ジェリーは言った。

「慣例じゃ、みんな遠慮しているようだが、こっちも仕事で来ているんだ。壁しか映ってない映像見せられたってしょうがねえ。迷惑はかけてねえ。大目に見ろ」

「大目に見ることはできんな!」

 ハナ氏はジェリーの前に立ちはだかった。

「今日をかぎりに護民官府の出入りは控えてもらおう。用があるなら、按察官を通すことだ。いいか! 二度と、来るな!」

 へええ、とジェリーが眉を吊り上げる。

「こわもてで来るなら、こっちも相応のお礼はするしかねえな」

「ジェリー!!」


4月18日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれは彼を引きずり出したが、ジェリーは首を伸ばしてあざけった。

「44番、109番、267番、あと何番だ。このカメラはやけに首が硬えな! なんで、よくまわるようにしねえのか、ナゾだな。あれか。よくねえもんが映っちゃうからか?」

 やっとドアから引き剥がすと、ハナ氏が追ってきた。

「何が映っているか見たようなことを言うじゃないか! 証拠は」

 おれはスイマセンと怒鳴って、ドアを叩き閉めた。ドアを押えてジェリーに言った。

「あんた、自分でこの責任、とれよ?」


4月19日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ジェリーはツナのサンドイッチを口いっぱいほおばり、鼻息をつきながらもぐもぐやった。口のものがこなれかけると、コーヒーでせわしなく流しこむ。

 おれは言った。

「中に入る必要があったのか」

「半分な」

 ジェリーは唸った。

「半分は想像にまかせる」

 おれはもう怒れなかった。
 どこか毒気をぬかれてしまった。おれがガミガミ言おうと、CFがガミガミ言おうと、この親父は勝手にやるのだ。捜査を。
 彼は少なくとも、手をこまねいて議論してはいない。自分で考え、つき進んでいる。


4月20日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれはジェリーに聞いた。

「レネと何を話した?」

 たいして話しちゃいねえ、と彼はコーヒーを飲み下した。

「『ひと待ちかい?』と言ったら、『うせろ』だとよ。かわいらしいガキだぜ」

「それだけ?」

「いや。『じゃ、相席いいな』って座ってよ。悩みを聞いたんだ」

「……」

「まあ、話さなかったがよ。見てわかったのは、これは酒泥棒じゃねえってことだな」

「!」


4月21日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「なぜわかる?」

 ジェリーは言った。

「ありゃ、よその家から200本も酒瓶かつぎだすような、ガッツのある犬にはじゃねえな。見た感じ」

「見た感じかよ」

 おれは鼻息をついた。

「いや、もやしっ子なんだ。10本も運びだしたらゼイゼイいっちまうよ」

「――」

 ジェリーは食べ物を飲み込んで言った。

「指も爪もきれいなもんだ。とても屋根や壁に這い上がる手じぇねえ。だが、確かに隠し事はある――」

 つい釣り込まれた。

「なんだろう」

「そいつを調べるべきだな」


4月22日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 もう一度、レネの飼い主と話したほうがいいかもしれない。

 おれもたしかにそう思い始めていた。アポをとろうと電話すると、飼い主ココ氏は意外なことを言った。

『あの件か、もう忘れてくれ』

「は?」

『わたしの勘違いだった。レネはいい子だ。なんの問題もない』

 ――なんじゃそら。

 調査結果を話すと言っても聞きたがらず、家令に請求書を回してくれと言って、電話を切った。


4月23日 ラインハルト 〔ラインハルト〕

「おい」

 おれはキッチンの惨状を見て、呻きそうになった。カップボードのものが全部床にあふれていた。

 ウォルフはカップボードを削るようにみがき上げている。すでにシンクはピカピカだ。

「おれのマグは」

「そのへんにある」

 おれはあきらめて部屋に戻った。コーヒーはオフィスで飲むしかない。

 イアンは悩んだ時にジムでガシガシ鍛えていた。うちの場合は掃除だ。家の壁がうすくなりそうだ。


4月24日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「おまえの言ってたレネ・マイヨールを調べることになったよ」

 オフィスに戻ると、仲間が言った。

「え? なんで?」

「やつの信号がなかったんだ」

「?」

「主人が発信機をはずしたらしい。美しいからだにふさわしくないって」

 おれはジェリーと目を合わせた。ベルクソンのデスクに行くと、今しも護民官に報告の電話をかけているところだった。おれはその電話を切って言った。

「レネは、別件かもしれない」


4月25日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ベルクソンは無礼に眉をひそめた。

「きみが教えたんだぞ」

「ジェリーの意見なんだ。レネは酒泥棒するような体格じゃない。酒をかついで壁を越えたり、屋根に登ったりはできないよ」

「そうか。だが、仲間がいる可能性はある」

 ベルクソンはジェリーを見もしなかった。新しく書類を放って言った。

「すまんが、こっちは立て込んでいる。おれのかわりにこいつを片付けてくれないか」


4月26日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 車のなかで、おれとジェリーはたがいに押し黙っていた。

 ジェリーは携帯電話で何かを見ていたからだが、おれは腹にもやもやしたものを抱えていた。

 ベルクソンは、おれたちに新しく浮気調査を命じてきた。酒泥棒捜査には合流させなかった。

 おそらくジェリーを捜査に近づけたくなかったからだが、おれはそれを少しみっともなく感じている。ケチくさく、少しうしろめたく感じる。


4月27日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 プリンキピア(軍団本営)があいかわらずビジー状態なので、おれたちは歩きで、浮気犬の足跡を追わなければならない。

 今度の犬は簡単だった。ヒマな近所のボーイが聞かせてくれた。

「間男が真昼間から堂々と入っていきますよ。客みたいな顔をしてね。しかも、あの男はよその犬にも手を出しているようなんですよ」

「詳しいね。どうしてわかるんだ?」

「配達屋が教えてくれるんです。配達のついでに。彼はあちこちの家に出入りしているからね」

 ちょうどその時、ガラガラ声が聞こえた。


4月28日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 配達係のロベルトはこの日、子どもが入れそうなでかい箱をかついでやってきた。

「おや、こないだの」

 彼は白い歯をみせた。

「こいつはなんだと思います? 砂ですよ。砂! パックするんですってさ。砂だの酒だの、もうやんなっちまうよ」

 それでも彼の強い足腰は軽かった。ひょいひょいと階段を登って、中まで運び込んだ。
 おれたちは地下の通用口で待っていた。


4月29日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ロベルトはゴシップに強かった。今回の浮気犬の情報があっさり手に入った。ジェリーは聞いた。

「おまえさん。ココ邸のレネも知ってるかい」

「ああ」

 ロベルトは笑った。

「ここらの可愛い子はみんな知ってら。お化粧品をよく届けるよ。あんなタンポポみたいな頭にしなきゃいいのに。前のほうが似合ってた」

「そのわけは言ってたかね」

「気分ですとさ。パンクってやつかねえ」

 車に彼の相棒のチップはいなかった。

「ここ一週間ひとりだよ。やつはインフルエンザだと。もう元気なんだが、うつるからね」


4月30日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ジェリーは興味深げに聞いて、ロベルトに気持ちよくしゃべらせた。

 ひとの家の台所に踏み込むこの男は、じつによく客の事情を知っていた。犬の食事の好みから、主人のプレイの傾向まで。

 だが、ジェリーがさりげなく聞いていたのは、この男の土日月の動きだった。
 ロベルトは「ふだんどおりでさ」と言った。

「チップがいない分、ちっと時間はかかったが、6時には帰ってきた。そのあとは飯食って寝ちまったね」


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